『寸胴鍋の秘密』
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ある自殺の背景にあること
2006年08月30日 (水) 22:36 * 編集
次の記事を読み、経緯を知りたくなった。

横浜市瀬谷区で2000年、会社員渡辺美保さん=当時(22)=が殺害された事件で、美保さんの母啓子さん(53)が今月1日、同区内で電車にはねられ死亡していたことが30日、分かった。神奈川県警瀬谷署は自殺とみている。
同事件で殺人罪などに問われた穂積一被告(28)は昨年3月、横浜地裁で無期懲役の判決を受けた際、法廷で「おまえが迎えに行かなかったから死んだんだよ」と遺族に暴言を浴びせていた。啓子さんは事件後、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされ、横浜地裁に提出した手記では「生き地獄の毎日です」と訴えていた。
調べでは、啓子さんは1日午後2時半ごろ、同区の相模鉄道踏切で、電車にはねられて死亡した。遺書はなかったが、靴が遮断機の下にそろえてあった。
東京高裁は29日に一審判決を支持し、穂積被告の控訴を棄却した。(東京新聞)

過去の新聞記事で調べてみた。



渡辺美保さんが殺害されてから、3年目、犯人が逮捕される。


<2003年11月5日>
横浜市瀬谷区二ツ橋町の畑で2000年10月、近くの会社員渡辺美保さん(当時22歳)が殺害されていた事件で、神奈川県警瀬谷署の特別捜査本部は5日、現場近くに住む元スーパー従業員の男(25)に任意同行を求め、事情聴取を始めた。容疑が固まり次第、殺人容疑で逮捕する方針。
これまでの調べによると、渡辺さんは同月16日午後7時半ごろ、勤め先の横浜市南区の会社から帰宅。同10時10分ごろ、自宅近くの畑で死亡しているのを通行人が発見した。
首には鋭利な刃物で切りつけられた跡があることなどから、特捜本部は、殺人事件と見て現場付近の不審者の洗い出しを進めていた。
渡辺さんの遺族が、「犯人は何を思い、どこにいるのか。絶対に許さない」などと心情をつづった手記を読売新聞社に寄せるなどして情報提供を呼びかけていた。さらに、民放テレビ局が今春の特集番組で、霊能力があるとされる外国人が作成した“容疑者の男”の似顔絵を公開。男の顔と特徴が一部似ていたうえ、その後、男が特捜本部に名乗り出て、「渡辺さんを殺害した」などと説明したため、特捜本部で裏付け捜査をしていた。(読売新聞)

穂積容疑者は、渡辺さんと中学の同級生だったが話をしたことはなかった。
00年8月ごろ、偶然見かけた渡辺さんに一方的に好意を持ち、乱暴する目的で殺害した。
論告求刑の前の日。

<2004年12月20日>
横浜市瀬谷区で会社員渡辺美保さん(当時22)が殺害された事件で、殺人罪などに問われている無職穂積一被告(26)の論告求刑が20日、横浜地裁である。娘が遺体で発見され、3年後に容疑者が自首したが、初公判で無罪を主張した。異例の経緯に、両親ら遺族は翻弄(ほんろう)されてきた。
00年10月16日、同市瀬谷区二ツ橋町で、帰宅途中の美保さんが殺害され、道路脇の畑地で遺体で見つかった。鋭利な刃物で首を刺されていた。
美保さんは、父の保さん(56)、母の啓子さん(51)、2歳年下の妹と4人暮らし。その自宅の電話が鳴ったのは4年前の10月17日午前0時ごろ。瀬谷署からだった。
「お嬢さんは茶色のスカートをはいて出ましたか」。美保さんが初めて着ていったロングスカートと同じ色だった。
署では、何の説明もないまま、家族の経歴を細かく聴かれた。部屋の外から「『遺族』がいらしています」という話し声が聞こえた。「殺人事件の被害者です」。午前4時ごろ、捜査員からこう告げられた。
短大を卒業し、着物の販売やレンタルを扱う会社に就職した美保さんは「お父さん、お母さんを悲しませられない」と自宅から通勤していた。
美保という名前は保さんがつけた。生まれる前から啓子さんのおなかに「美保ちゃん」と語り掛けていた。待ちに待った長女だった。
事件後、「美保のそばに行きたい」と啓子さんは口にした。保さんは台所の包丁を隠し、妻のために心療内科を探した。
捜査は難航した。事件から1年後には、捜査員からの電話さえなくなった。啓子さんは「私たち見放されちゃったね」と繰り返した。03年5月、捜査してくれていることを確かめようと訪れた署の捜査本部で、啓子さんは収納ケースの底でつぶれた美保さんのバッグを見た。無念さが増した。
03年9月6日、近くに住む穂積被告が瀬谷署に自首。「帰宅を待ち伏せし、車でひいた後、ナイフで刺して殺害した」と供述し、2カ月後に逮捕された。
進展しない捜査に、両親は懸賞金を出すことを考え始めていた。だが、それから間もない11月5日、「容疑者逮捕」の知らせを、新聞記者から受ける。容疑者は美保さんと中学の同級生だった。「逮捕されたよ」。保さんは美保さんの仏前に報告した。
「おめでとう」と言ってくれる知人もいた。確かに、捜査は一区切りついた。しかし、漠然としていた憎しみの対象が明確になっただけのことだった。
今年2月19日の初公判。穂積被告は「やってません。そんなとこ(現場)にも行ってません」と無罪を主張した。
無罪主張に、保さんらは虚をつかれた。自首した被告が否認すると予想していなかった。
すでに20回を数えた公判を、家族3人が毎回最前列で傍聴した。目の前で、被告側が裁判長に主張を訴える。だが、自分たちは、意見陳述の機会以外、それを見て、聞くことしかできない。
啓子さんの左腕には無数の傷がある。夏前から始まったリストカットの跡だ。自分では記憶すらない。主治医は「公判を傍聴した後にやってしまうようだ」と言う。
家族3人は、20日の論告求刑も美保さんの遺影を抱いて傍聴する。(asahi.com)

検察側は無期懲役を求刑した。


そして、判決公判を数日後に控えて。


<2005年3月25日>
横浜市瀬谷区で00年10月、帰宅途中の会社員、渡辺美保さん(当時22歳)が殺害された事件で、殺人罪に問われた同区二ツ橋町、無職、穂積一被告(27)の判決公判が28日、横浜地裁で開かれる(求刑・無期懲役)。事件から4年半。判決を前に、愛娘を奪われた家族が癒えることのない悲しみの日々を語った。
「心の底から喜び、笑うことができなくなった」。父、保さん(56)は沈痛な表情で4年半を振り返る。郵便局で簡易保険の営業を担当。笑顔で顧客に接するが「『うそをやっているな』と空虚な気持ちになる。折に触れ、美保の顔が浮かぶ」と明かす。
「守ってあげられなくてごめんね--」。母、啓子さん(51)は今も自分を責め、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ。夜は眠れず、食事ものどを通らない。体重は10キロ以上落ちた。「光のない砂漠の中にいるよう。親にとって我が子を奪われることがどれほどつらいか」と声を震わせた。
お互いを名前で呼び合い、喜びも悩みも分かち合ってきた“大親友”の姉。妹(25)は「体の半分を失った」とうつむいた。被告が逮捕される前、犯人に姉のアルバムを盗まれる夢をみた。「人の命を奪っても平気な犯人だから、こんなの何でもないんだ……」。心の宝物さえも踏みにじられた気がした。
美保さんの部屋着、タオル、枕カバーなどは洗濯せずに大事にとってある。「美保の温もりが残っているから」と啓子さん。妹は、冬になれば下駄箱に姉の分もブーツを出し、夏にはサンダルを並べる。
納骨はしない。「これからもずっと家族一緒だから……」
昨年12月の求刑。被告の極刑を望んできた家族は、無期懲役に納得できず法廷で泣き崩れた。「美保は戻らない。せめて遺族の感情に配慮した判決がほしい」。虚無感の中を生きる日々。家族の心の時計は、事件の日から止まったままだ。(毎日新聞)

そして、判決が下る。求刑通り、無期懲役であった。

<2005年3月28日>
横浜市瀬谷区で2000年10月、近くに住む会社員渡辺美保さん(当時22歳)が殺害された事件で、殺人などの罪に問われた同区二ツ橋町、無職穂積一被告(27)の判決公判が28日、横浜地裁であった。
松尾昭一裁判長は、穂積被告に求刑通り無期懲役を言い渡した。
判決によると、穂積被告は同年10月16日夜、同区内の路上で、歩いて帰宅途中の渡辺さんを乗用車ではねて失神させ、近くの農機具置き場で、首を包丁で刺して殺害した。
穂積被告は2003年9月に自首したが、公判段階で全面否認に転じ、弁護側は、「自首は親の関心を引くためのもので、虚偽であったことは明らか」などとして無罪を主張していた。
判決で松尾裁判長は、自白の供述について、「詳細かつ具体的で、臨場感にあふれている。被害者を車で衝突させた状況など、誘導で引き出されたものとは考えられない」などとした。(読売新聞)

この日、主文の言い渡しが終わると、穂積被告は「裁判長、一つ質問させてください」と証言台に立ち、マイクをつかんだ。裁判長は認めなかったが、被告は廷吏に引きずられて退廷させられながら、傍聴席の家族をにらみつけて暴言を吐いた。「お前らが駅に迎えに行かなかったから娘は死んだんだよ」

その後、控訴審の中で、母啓子さんは、「子どもを殺された親ほど辛く悲しいものはない。苦しさに耐えきれず何度も自殺を考え、箱根の山中を車で一晩中さまよった。自傷行為を止めることができなくなり、手首には20本以上の傷が残っています」という意見陳述書を提出した。

控訴審判決が下る。


<2006年8月29日>
横浜市で平成12年、会社員、渡辺美保さん=当時(22)=が殺害された事件で、殺人などの罪に問われた無職、穂積一被告(28)の控訴審判決が29日、東京高裁であり、仙波厚裁判長は1審・横浜地裁と同様に無期懲役を言い渡した。
穂積被告は15年9月、自首して女性会社員の殺害を認めたが、その後に否認。1審から無罪を主張していた。
仙波裁判長は、穂積被告が犯人しか知り得ない凶器など犯行の核心部分に関する事実を供述していることを指摘した上で、「被告が犯人だということに合理的な疑いはない」と述べた。
判決によると、穂積被告は12年10月16日夜、横浜市瀬谷区の路上で、徒歩で帰宅途中の渡辺さんを車ではねた上、首を包丁で刺して殺害するなどした。(sankei web)

この控訴審判決を聞くことなく、8月1日、お母さんは自殺した。


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例えば、殺人を犯して逮捕された加害者っていうのは、毎日、命の重さとか罪の意識とかを、繰り返し誰かに説かれているものだと、勝手に想像していた。自分が、身勝手に奪ってしまった命の尊さを、誰かに教えられている
2006/08/31(木) 19:51:07 * いどばた日記
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