『寸胴鍋の秘密』
Top | RSS | Admin
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) --:-- * 編集
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
韓国の柴田理恵に注意せよ
2007年05月04日 (金) 17:48 * 編集
今回の韓国旅行は楽しかった。
食べ物や見学、すべてが良かった。
ナンタをライブで見たが、迫力があり、笑いも十分だった。
毎回、旅行から帰ると、100点満点で評価するが、今回は100点に近い。
しかし、満点ではないのは、出国の際のあの忌まわしき事件のためだ。

最終日、フライトの2時間半近く前に仁川国際空港に到着した。
この空港は、まだ新しく、明るく清潔だ。

inchon.jpg

とりあえず、搭乗手続きをすませようと、手荷物検査を受けたあと、出国審査カウンターに向かった。
まだ、時間が早いのか、人は少なかった。
それでも、早く終わらせたいので、一番空いていた受付に並んだ。
まず、連れが審査を受け、自分の番になった。
そこにいたのは、腹の出た不細工な女審査官。
椅子にふんぞり返って、寸胴鍋のパスポートとチケットを受け取り、こちらの挨拶には何の反応もしない。
まあ、どこの国でも、この仕事に従事していると愛想などはなくなるのだろうが、それにしても、最悪の部類だ。
最後まで、私に目線をくれず、ポイッとパスポートとチケットを差し出す。
なんとも腹立たしい態度にムッとしたが、言葉を返すスキルもなく、その場を去った。
More...
スポンサーサイト
ソウルの食文化の仮説
2007年05月04日 (金) 17:47 * 編集
韓国の旅行の目的には、3つあったと書いたが、一つ失念した。
食文化を楽しむことも目的の一つだった。

韓国料理といえば、なんといっても辛さの文化である。
しかし、寸胴鍋は苦すぎるのは苦手である。
楽しむどころか、ジェットコースターに乗ったときと同じで、直ぐに後悔してしまう。
汗は出るわ、舌はびりびりするわ、心臓はバクバクするわ、良いことはなにもない。
だから、実は、おっかなびっくりの挑戦となった。

しかし、結論から言えば、日本人がよく来る店は、日本人向けの調整が行われているようだ。
そんな仮説を証明しよう。

■分析1
まず、明洞(ミョンドン)の焼き肉屋「名所」で食べたキムチ。辛すぎず、美味しかった。無論、カルビも美味しかった。

この店では、私達の周りは、全部日本人。

店の外観。日本語が表記されていて分かりやすい。
meisho.jpg

カルビ焼きを頼むと、このようなセットで出てくる。
meisho2.jpg


■分析2
これも明洞の「オモニチブ」という店で食べた海鮮鍋。これも、大丈夫。
ここも回りはほとんど日本人。

いろいろな海鮮が入っている鍋
omuni.jpg


■分析3
板門店ツアーの昼飯のプルコギに添えられたキムチなど。オーケー、オーケー。
ここは、ツアー客が主体の店だ。当然、日本人ばかり。

ツアーに組み込まれている割には美味しかった
puruko.jpg


■分析4
しかし、鍾路(ちょんろ)の「肉味」という串焼き屋で食べた、コルベイという一品は、悶絶だった。辛いのなんのって、激辛だった。この店は、韓国の若いサラリーマンとオジサンばかり。日本人は我々だけ。


店の外観。ガイドブックには、「肉味」と書いてあったが、店に日本語の表記はなかった。
nikuaji1.jpg

これが、劇辛の一品。左上が、コルベイ。
nikuaji2.jpg


たぶん、この仮説は正しいはずだ。
既に証明済みかもしれんが・・・。



banner_02.gif
板門店ツアー
2007年05月04日 (金) 14:55 * 編集
今回の韓国旅行の目的は、3つあった。
一番目は、韓国における寸胴鍋の研究。これは既に報告した。
二番目が、大長今。これは、連れの意向であり、人気ドラマ、チャングムの撮影現場である。
三番目が、板門店ツアーであった。テレビ報道等ではよく目にするが、自分の目で確かめたかった。

現地での3日目、5月2日午前10時、ロッテホテルをバス二台で出発した。ドイツ人と思われる6名ほどの白人と60名くらいの日本人のツアーとなった。
車中、流暢な日本語を話す韓国人女性のツアーガイドの説明に聞き入る。
第二次世界大戦から朝鮮戦争、板門店が設定された背景、ここで起きた過去の事件などである。
板門店ツアーには、数社が企画しているが、寸胴鍋が選択したのは、「脱北者と行く板門店ツアー」。文字通り、北朝鮮から脱北して来た40代の女性もガイドとして同乗していた。

最初に着いたのは、統一展望台。


展望台の入り口。
tenbou2.jpg

建物の中には、北朝鮮のトップの写真や教室などが再現されている。それらを材料に、脱北してきた女性ガイドが北朝鮮での暮らしを紹介してくれた。
建物の上階には展望台があり、北朝鮮の一角が見渡せる。
当日は曇りではっきりしなかったが、建物も確認できた。


窓の外に見える北朝鮮。曇っててよく分からんが・・・。
tenbou.jpg


バスに乗った当初から、ツアーガイドが今回のツアーの守りごとを何度も客に説いてきたが、改めて、説明したのは、統一展望台を出発してからだった。
板門店では、指を指してはいけない、酒を飲んではいけない、走ってはいけない、ジーンズは駄目だ、持ち込めるのはカメラと双眼鏡(パスポートさえ持ち込めない)、写真撮影は私の指示に従って欲しいなどなど。
皆さんの一人でもこれらを逸脱すれば、ツアーはその場で中止となる(ジーンズをはいた人のために、ツアー会社では替えのズボンを用意しているという)。
皆さんが私の言うことを守ってくれれば、今日は銃撃戦はないだろうなどと恐ろしい注意をする。
私の前の席のオバサンは、「緊張してきたわ」と仲間と話していたが、皆を代弁していた。

目指すJSAに着くまで、警備兵による2度の検閲が入る。
機関銃を肩にした兵士が一人、バスに乗り込んできて、パスポートチェックが行われる。
兵士に向かって挨拶をしてくださいとツアーガイドは言うが、「アンニョン…」も思わず、か細く震えてしまう。
検閲のあと、民間のバスから、国連軍のバスに乗り換えて、ボニファス・キャンプへ行く。ここでスライドによる説明が行われたが、寸胴鍋は不覚にも、居眠りをしてしまい覚えていない。
その後、宣誓書にサインをする。
ここで何があっても、責任は誰にも問わないというものだ。
黙ってサインをする。

再度、国連軍のバスに乗り、いよいよ、JSAへ。
JSAとは、join security areaの略で、国連軍と北朝鮮軍の共同警備区域の意味である。
二列になって、まず大きな建物(展望台)に入る。
そこを抜けると、よく目にした風景がある。
軍事停戦委員会の会議室である。
その向こうには、北朝鮮側の板門閣が見える。
北朝鮮兵士が双眼鏡でこちらを見ている。

会議室の中に入り、ガイドの説明を聞き入る。
建物の中ほどにテーブルがあり、その中間が国境になるという。
その時、寸胴鍋は北朝鮮側で説明を聞いていたことになる。

ここでは、撮影が許された。


テーブルの中央が国境。
20070504154609.jpg

会議室の窓から見える高さ10センチの境界線。土の方が北朝鮮側。
20070504151841.jpg

北朝鮮側に咲いていた花。
20070504151824.jpg


会議室を出て、改めて展望台から、軍事停戦委員会の会議室を見る。
ここでは撮影はできないのだが、白人の警備兵が「かまわない」というので、バチバチ撮った。


よく見る絵である。扉の開いているのが会議室。向こうに見えるのが、北朝鮮の板門閣。撮影したとき、北朝鮮兵は姿を消していた。
jsa2.jpg

建物から半身を出して監視する兵士。
jsa4.jpg

右側の建物は北朝鮮のもの。窓から兵士が監視している。
jsa3.jpg


その後、第五哺所という高台に移動し、北朝鮮の国旗掲揚台や帰らざる橋、ポプラ事件の碑などを見る。

北朝鮮の国旗塔。
flag.jpg

帰らざる橋。
bridge.jpg

ポプラ事件の碑。
popura.jpg


その後、ボニファス・キャンプに戻り、そこにある土産屋に寄る。
Tシャツやら絵葉書など、皆さん、結構買い物をしていた。

ナンタを楽しみ、焼肉に舌鼓を打ったソウルの街からたった60キロにある冷酷な現実であった。
韓国旅行に行かれるなら、ぜひ、お勧めする。



banner_02.gif
韓国における寸胴鍋の研究成果
2007年05月04日 (金) 13:03 * 編集
韓国における寸胴鍋の研究のため、4月30日に出発し、昨日、5月3日に帰ってきた。
早速、成果をご披露しよう。


まずは、仕事の後のサラリーマンでごった返す、鍾路(チョンノ)での成果。
掘っ立て小屋のような店の調理場の窓から顔を見せる寸胴鍋。愛くるしい。

chonno2.jpg

これも鍾路。店の脇で出番を待つ(?)寸胴鍋。



龍山区にある焼肉店で頑張る寸胴鍋たち。

kongo1.jpg


kongo3.jpg

南大門市場で売られていた寸胴鍋たち。
肉厚が薄く、ものとしては並以下であった。

nandemon.jpg

ナンタ劇場のサインとして利用されている寸胴鍋。ちょっと、悲しい姿だ。

nanta.jpg

最後に、明洞(ミョンドン)の焼肉屋で見つけた寸胴鍋(?)。焼肉のプレートを収納する道具となっているが、寸胴鍋を加工したものか。

myndon1.jpg


今回も精力的に寸胴鍋を研究する計画であったが、食う方に精力を使い切ったため、あまり成果はなかった。
しかし、少ない成果の中でも、かの地でも彼らの頑張りがよく分かった。敬服ものである。
寸胴鍋はいつもどこでも食文化の基盤である。



banner_02.gif

* Top *