『寸胴鍋の秘密』
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宮崎勤という宇宙
2006年01月17日 (火) 21:00 * 編集
本日の最高裁において、上告は棄却され、死刑が確定した。

いったい、宮崎勤という人物は何を告げるために歴史に登場したのか。

ここ数日、朝日新聞が彼の今までの言動などから、宮崎勤という人物像を描こうとしているが、その中から彼の発言を拾ってみる。


■90年3月の初公判
「(殺害した幼女の)両手と両足を投棄したというのは間違い。両手は自分で食べた」
■90年4月の公判
「(押収された)車とビデオを返してほしい」
■92年4月の公判
「押収物なんですけど、全部ひとつひとつビニール袋に入れて持ちたい」
■92年11月の被告人質問
「夢に子供たちが出てきてうれしそうに『ありがとう』という」
■95年2月の公判
「足でキーコー動かす小さい車に乗りたい」。
■96年7月の公判
「(事件は)別の島のことのようで、夢を見ているようだった」。
「もう1人の私がやった」
「早く帰りたいです」


また、彼が拘置所で書いた手紙からもアプローチをしている。

■(遺族への謝罪の気持ちは)ありません
■(最高裁に期待することは)期待するしない、というものがない
■(死刑について)関係ない
■(今度の判決は)無罪だと思う
■有名になりたい理由を聞かれ「産まれてくる人たちに自分のことを知ってほしい、ということなのです」
■「以前の幻聴は、得たいのしれない力を持つ人たちが、サワサワと話し合って『ツトム』とか『リンチ!』というものだった。01年ごろからは、『目を針で刺すのは私にやらせろ』とか、『耳をそぎ落とすのは私にやらせろ!』とか言って、話し合っているのです」


今日、死刑が確定した。
いつかそれは執行され、宮崎勤という宇宙は、謎のまま永遠に封印される。
「ネズミ人間が現れて何が何だかわからなくなり、気がついたらマネキンのようなものが落ちていた。それをおじいさんにささげるために使った」という発言を残して・・・。



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